足取りでファラン皇后の前に進
「残月(ジョンヲル)と申します。このような姿で申し訳ありません。」
ジョンヲルは正式な挨拶を行った。
聞き覚えのあるだろう声、だがファランは気付かなかった。
「ジフン皇子を助けてくれるそうね。」
「・・・微力ですが、・・・私に出来る事でしたら、ジフン殿下のお手伝いを致します。」
そう答えると、微笑むファランが下がっていいと手を動かしたから、
ジョンヲルは頭を下げて退出する。
宮殿を出て、歩き始めたジョンヲルは、
仮面を付けているとはいえ、気付かない母を思いその足が止まった。
振り返って宮殿に動かした視線を戻した時、見なれない女性の姿が見えた。
着ている物は晏国の服、ジョンヲルはそれがリセ王女だとすぐに察知して、
仮面の顔を俯ける。
ジョンヲルの横を通り過ぎるリセ王女の顔は青白く強張っていて、
ここに来るのをずっと拒んできたリセ王女は、皇后に会いたくないように見えた。
頭の中を巡るアン王の動きとファラン皇后、
最初の密書が何故テギョンの部屋で見つかったのか、
目的は何だったのか、胡国に呼びに来たジフンと、捕えようとした謎の集団、
まだ憶測にすぎないが、それらは一本の線に繋がっている。
ジョンヲルは人の少ない所を選んで歩きながら、過去と現在を行き来した。
見るすべての風景が記憶と結びついている、
子供の頃、凧上げをして糸が絡んだ木、冒険と称して走り回った庭、
大切にしていた馬に弓の練習場と剣の練習場、
シヌがよく居た書庫に母に甘えるジェルミ、そして兄上。
記憶は、疎まれ続けた幼少期へと遡(さかのぼ)り、少し感傷的になっていた。
そんなジョンヲルに、探し回ったのか息を切らした宮女が手紙を手渡した。
ファランのもとにジョンヲルが訪れた時、
ジフンに届けるようにと、ファランが手紙を渡しているのを見た。
中を見ずともこれがファランの手紙だと分かる。
ジョンヲルは確かにと受け取ると、すでに封の剥がされた手紙の中を確認して、
懐から簡易の筆と紙を取り出し、まったく同じように書き写した。
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